職員室の声

職員室の声

 

鹿児島第一中学校職員が、週2回、リレーでお届けするフリーメッセージです。

 

時の声(上猶)

2017-09-26

 

 「国際化」とか「国際人」、最近では「グローバル(化)」ということばが使われるようになって久しい。手元にある新明解国語辞典〈第四版〉を引いてみると、「国際化」=自国本位の閉鎖性を捨て、教育・文化・経済・産業等の各面において広く世界の国ぐにとの交流を図ること。「国際人」=①世界じゅうを股(マタ)にかけて歩く人。コスモポリタン。②外国人との交際の多い人。とある。辞書の語釈としてはそれで結構かもしれないが、少し肩に力が入り過ぎている気がしないでもない。私見を述べさせてもらうと、国際人というのは、いわゆる語学が堪能であるといったことも必要条件の一つには数えることができるだろうが、十分条件ではない。それ以前に、日本人としてのアイデンティティーを持っているか、確立しているかということがまず前提として立たなければならないと思う。自国の歴史、文化、民族その他自分の国のことを知り、語ることができること、そこが出発点でなければならない。根無し草ではいけない。自分の足元を見詰め直すことからである。単なる偏狭な愛国心を持てと言っているのではない。自分が根を下ろしている場やふるさとに根差した、立脚したものに目を向け、そこにあるものに気付き、再発見し、大切にし、誇りにしていく、そこから「真の国際人」が産まれてくるものと確信している。

 

 海外へ出掛けた人が、日本を離れてみて初めて、母国との違いに気付き、さらに母国の良さを再発見するという話をよく耳にする。あまりにも身近な存在、あまりにも日常茶飯事であるがために、身の回りの物事が当たり前のことになり鈍感になってしまうということがある。これまで親元で暮らしてきたひとは、進学や就職などで、ふるさとや親元を離れ、別の土地に一旦根を下ろすことで、自分のふるさとを想い、親の有難みを改めて痛感することになるかもしれない。【高校卒業生に贈った言葉より】

 

 

 本校では主に夏休み期間を利用して、海外研修に出かける生徒が毎年10数名いる。それには費用等経済的な事もあり、その気になっても誰もが実行できるわけではないが、やはり中学校・高校生の時期に海外の地を踏んでみるというのも目に見える以上の意義があると思う。

 

 これまで高校主体だった海外研修のプログラムを改善・拡張し、世界に広く目を向ける機会を中学生にも与えようと現在話し合いがなされているのも本校にはなおさら必要なことだと思う。

 

 

(上猶 尚友)