職員室の声

職員室の声

 

 

鹿児島第一中学校職員が、週2回、リレーでお届けするフリーメッセージです。

 

職員室の小さな声(上猶)

2018-11-13

 

 本校の卒業生が教育実習生として実習を終え、帰っていったあとの全校集会で、そこに関係づけて次のような話をしました。

 

 斉藤喜博という有名な教育者が「(よい?)教師になるための条件」について発言をしています。図書館に全集をおいているところもあると思います。私も読んだのはかなり昔のことなので、記憶を手繰り(たぐり)ますと、「教師になる」と言うことについて、次のように述べています。

 

(ここで、その条件とは何だと思いますか?と生徒に問いかけてみたのですが。生徒の答えは省略します・・・。)

 

 答えは、なんと「顔がよいこと」というものでした。生まれたときは、父親似だ、いや、母親似だとかいいますね。持って生まれた顔ですね。それから、色んな事を経験して、大人の階段(?)を上っていくわけですが、ある程度の年齢になったら、自分の顔は自分自身が作っていくということではないかと思います。「四十を過ぎれば自分の顔に責任を持つべきだ」という言葉もあります。 イケメンというのとは意味合いが違うと思います。その人柄、生き様(人の生き方)が、顔にあらわれるということでしょう。(後略)

 

(それから、毎年7月に学校の教育活動の一環として、実施している中学2年生職場体験学習について触れました。)

 

 職場体験をすると、「働く」ということはどういうことか、頭でなく肌で感じる・わかると思います。ですから、あえて自分が将来就きたいと思っている職業でなくても、いや返って、頭の片隅にもなかった職場を経験するというのもそれはそれで意義があるかと思いますが、できれば皆の気持ちも配慮したいという思いで、事前に職業の希望調査をします。

 

(同じく、どんな職場の希望が一番多いと思いますか?と問いかけました。そして、他の学校ではどうかわかりませんが、過去どの学年においても同じで、「病院関係、医療現場」です、と生徒に紹介しました。そこで、日野原重明さんについて紹介をしました。)

 

 私は医師と言えば、もうすぐ1年になりますが、昨年7月18日に105歳で亡くなられた日野原重明さんを思い出します。十数年前に鹿児島に来られたときに一度講演を聴いたのが最初で最後になりましたが。

 

 (ここで、再び、皆さんの中で日野原さんについて知っているという人?と尋ねてみました。残念ながら、知っていると答えた生徒は皆無だったように思います。そこで、簡単に次のように紹介しました。) 

 

 死と隣り合わせのいろんな経験をし、試練に耐え、人のために何と71年間全力で医師として歩まれた方です。国内外で講演をされたり、またあちこちの学校にも出張授業を104歳までされました。その、日野原さんが、順風満帆(物事が順調にはこぶさま)でなかった自分の生い立ちを振り返りながら、「人生にはつらいことや、苦しいことがたくさんあるが、それは自分たちを成長させていくための貴重な体験でもある。人生最悪の体験が、さまざまな経験を経ることで、あれはかけがえのない体験だったとわかってくる――それが人生というもののおもいがけなさであり、おもしろさでもあります。何かに失敗したり、つらい目に遭ったりしても、くよくよするのはやめましょう。どんなにつらくても、人生に無駄な失敗などひとつもありません。失敗や、つらい体験のなかにこそ、貴重なことを学べるチャンスが必ず隠されていることを、どうか忘れないでください。大きな試練にぶつかったとき、決して逃げずに、勇気を持って自分で決断し、前進してください。」と話されています。

 

 ここで、先ほどの医師という職業について、日野原さんはこうも語られています。「個人的な意見ですが、医師をめざそうという人はまず別の分野で見聞を広め、体験を積み、それから医学の道を志すのが一番いいのではないかと、私は思います。」と。そして、アメリカの事情を紹介されています。

 

 「たとえばアメリカでは、大学を卒業し、いろいろな職業についたり、海外を旅して難民キャンプでボランティアをしたりしたあとで、どうしても医師になりたい、と思った人が進学してきます。もともとアメリカの医学部は、一般の大学課程を修了した学生が入学する大学院の四年生コースです。日本とは大きく違うところですね。

 

 もちろん彼らはすでに親から独立しており、結婚して子どもがいる人もたくさんいます。彼らは自分で稼いだお金で授業料を払い、あるいは大学から奨学金を出してもらって勉強するのです。そういう人たちと、親に生活の面倒を見てもらいながら、ストレートに医学部に入った人をくらべると、やはり前者のほうが医師という職業に対する熱意や、仕事への「いきがい」などの点で、まさっているところが多いように思います。きみたちも、これからの人生で回り道することを恐れず、ぜひ、自分の「いきがい」を見つける努力を惜しまないでください。」と。

 

 実は、先ほど紹介した斉藤喜博さんも教師の条件のもう1つに、日野原さんが個人的な意見として述べられていたこととほぼ同じ事を挙げられています。記憶によれば、そうできれば、と言うことになるでしょうが、「人生の辛酸(つらい、苦い経験)を嘗めてから(28歳ぐらいから?)教師になってほしい。」と。

 

 何事にせよ、自分がやりたいこと、思っていることがストレートに達成できるとは限らない。そういった状況になったとき、一見回り道に見えるかも知れないが、新たな挑戦を恐れずに、勇気を持って自分自身で決断し、一歩前に踏み出すということ。プラスかマイナスかは考え方次第ということですね。

 

 ここで、最後に、ある具体例を紹介して終わりにしたいと思います。

 

(あとは省略しますが、医者として有名なシュバイツァー博士(1875~1965)とシュバイツァー博士のような生き方を選択した日本人の神谷美恵子(精神科医)(1914~1979)の紹介をして終わりました。)  

 

 自分の顔は自分でつくる、どういう顔をつくっていくかは自分次第であると、肝に銘じておきたいと思います。

 

 

(上猶 尚友)